なぜ人は損切りできないのか?FXで約1,000万円の利益を失った経験から考える投資の心理学

投資の心理学

投資で損失が出たとき、すぐに損切りできるでしょうか。

頭では「これ以上損失が増える前に取引を終わらせた方がいい」と分かっていても、実際に損失を確定させることには抵抗を感じる人がいると思います。

私自身、FXで損切りできず、それまでに得ていた約1,000万円の利益を失った経験があります。

1ドル115円のときに円高を予想してポジションを持ちました。

しかし、予想とは反対に円安が進み、ドル円相場は160円を超える水準にまで上昇しました。

途中で何度も損切りする機会はあったはずです。

それでも私は、いつか円高に戻ると考え、50万円ずつ4回、合計200万円の追加資金まで投入しました。

結果的に証拠金が足りなくなり、強制ロスカットされました。

不思議なことに、取引が終わったときには絶望感だけでなく、相場を見続けるストレスから解放された気持ちもありました。

なぜ私は、ここまで損失が大きくなるまで取引を終わらせられなかったのでしょうか。

今回は、自分自身のFX経験を振り返りながら、心理学や行動経済学の研究をもとに「人はなぜ損切りできないのか」を考えてみます。

1ドル115円で円高を予想した私のFX経験

私がFXで取引していた頃、ドル円相場は長い間、1ドル110〜115円前後で推移していました。

新型コロナウイルスの流行初期には、円が安全資産として意識され、急激に円高へ動く場面もありました。

そのような相場を見ていた私は、1ドル115円で円高方向のポジションを持ちました。

具体的には、ドル円が下落すれば利益が出る売りポジションです。

当時は、それまでの取引で利益が出ていました。

今振り返ると、その利益には運の要素も大きかったと思います。

しかし、利益が出ている間は、自分の相場判断がある程度正しいと感じていたのかもしれません。

ところが、その後のドル円相場は私の予想とは反対の方向へ動きました。

120円、130円、140円と円安が進んでいきます。

私は、そのたびに同じことを考えていました。

「ここまで円安になったのだから、そろそろ円高に戻るはずだ」

しかし、円安の流れは止まりませんでした。

2024年には、ドル円相場が一時160円を超える水準まで上昇しました。

過去の相場がどうだったかという事実は、将来も同じ水準に戻ることを保証するものではありません。

今ならそう理解できますが、取引中の私は115円という価格をなかなか頭から離せなかったのです。

「ここまで下がったのだから、そろそろ戻るはず」という心理

なぜ私は、円安が進むほど円高に戻ると期待したのでしょうか。

この経験は、心理学の「アンカリング」と関連づけて考えることができます。

アンカリングとは、最初に知った数値や情報が、その後の判断の基準になってしまう現象です。

私の場合、長く見慣れていた1ドル110〜115円という価格帯が、為替相場の基準になっていた可能性があります。

そのため、130円や140円という価格を見ると、以前の水準から大きく離れていると感じました。

そして「これほど離れたのだから、そろそろ戻るはずだ」と考えてしまったのです。

しかし、相場には、過去の水準に必ず戻るという決まりはありません。

為替相場は金利差や金融政策、景気、国際情勢など、さまざまな要因によって変動します。

過去に115円だったという事実だけでは、今後115円に戻るかどうかは判断できないのです。

もちろん、私の経験だけでアンカリングが働いていたと断定することはできません。

それでも、過去の価格を基準にして将来を予想していたという点では、この心理が判断に影響していた可能性があると感じます。

損失が出ているときほど、取引を終わらせたくなかった

私が損切りできなかった理由は、円高に戻ると予想していたことだけではありません。

もう一つ、大きな理由がありました。

損をしている状態で取引を終わらせることが嫌だったのです。

含み損を抱えていても、ポジションを保有している間は、その後の相場変動によって損失が縮小する可能性があります。

しかし、決済してしまえば、その取引の損失は確定します。

そのため、私は損失を確定させることを避け、円高になるまで待とうとしました。

ところが、待っている間にも損失は大きくなっていきました。

最初は小さかった損失が、時間とともに取り返すことの難しい金額へと膨らんでいったのです。

今考えると、私は将来の利益を冷静に予測していたというより、損失を確定させたくないという気持ちに強く影響されていたのかもしれません。

行動経済学の「損失回避」とは

この心理を考えるうえで重要なのが、行動経済学の「損失回避」という概念です。

1979年、心理学者のDaniel KahnemanとAmos Tverskyは「プロスペクト理論」を発表しました。

この理論では、人が不確実な状況で意思決定するときの特徴が説明されています。

その一つが、利益と損失を同じようには評価しないという傾向です。

人は同じ程度の利益と損失でも、損失をより強く感じる場合があります。

また、利益が出ている場面では確実な利益を選びやすい一方、損失が出ている場面では、損失を避けるためにリスクを取る選択をすることがあります。

私のFX経験も、この特徴と重なる部分があります。

損切りすれば、損失が確定します。

一方、保有を続ければ、相場が戻って損失を取り戻せる可能性が残ります。

もちろん、逆に損失がさらに拡大する可能性もあります。

しかし、私は損失が確定することを避けたいという気持ちから、後者を選び続けました。

結果的に、損失を避けようとした行動が、さらに大きな損失につながってしまったのです。

利益は早く確定し、損失は抱え続ける「ディスポジション効果」

投資家の行動には「ディスポジション効果」と呼ばれる傾向もあります。

これは、利益が出ている資産を早く売却する一方、損失が出ている資産を長く保有しやすいという現象です。

1985年、ShefrinとStatmanは、この傾向について理論と実証的な証拠を整理した研究を発表しました。

その研究では、損失の確定を避ける心理、後悔への抵抗、心の中で利益と損失を別々に扱うことなどが、このような行動に関係する可能性が論じられています。

利益が出ているときには、利益がなくなる前に確定させたい。

しかし損失が出ているときには、今売却すると損が確定するため、もう少し待ちたい。

同じ投資であっても、利益が出ているときと損失が出ているときでは、判断が変わりやすいのです。

私の場合も、損失が拡大しているのにポジションを持ち続けていました。

ただし、この研究は投資家の一般的な傾向を論じたものであり、私個人の判断の原因を直接証明するものではありません。

それでも、自分の行動を理解するうえで参考になる研究だと思います。

損切りする代わりに200万円を追加した

円安が進み、含み損が大きくなっていくなかで、私は取引を終わらせませんでした。

それどころか、50万円ずつ4回、合計200万円の資金を追加しました。

ポジションを維持して、円高に戻るのを待つためです。

なぜ、損失が増えているのに、さらにお金を入れてしまったのでしょうか。

一つには、ここで取引を終わらせれば、それまでの損失が確定してしまうという抵抗がありました。

さらに、追加資金を入れれば、もう少し相場が戻るのを待てるという期待もありました。

しかし、追加資金を入れたからといって、為替相場が自分の望む方向へ動くわけではありません。

また、私が保有していたポジションでは、取引を続けている間にも費用が発生していました。

FXでは、通貨間の金利差に応じてスワップポイントの受払いが発生する場合があります。

そのため、価格の変動による損失に加えて、保有を続けることによる負担も生じることがあるのです。

私の場合は、待ち続ける間にも資金が減っていきました。

「ここまでお金を使ったのだから」というサンクコスト効果

過去に費やしたお金や時間が、その後の判断に影響する現象を「サンクコスト効果」と呼びます。

サンクコストとは、すでに支払ってしまい、取り戻すことができない費用のことです。

例えば、あまり面白くない映画でも、チケット代がもったいないから最後まで見続けることがあります。

すでに支払ったチケット代は、映画を途中で出ても最後まで見ても戻ってきません。

それでも、過去に支払ったお金を無駄にしたくないという気持ちが、判断に影響することがあるのです。

FXでも、すでに失った金額にこだわってしまうことがあります。

ただし、私が追加資金を投入した理由を、すべてサンクコスト効果で説明するのは正確ではありません。

追加した200万円は、損失が確定するのを避け、ポジションを維持するための資金でもありました。

それでも、今までの損失を確定させたくないという気持ちが判断に影響していたことは確かです。

本来考えるべきだったのは、過去にいくら失ったかだけではありません。

その時点から先もポジションを維持することに、どの程度の合理性があるのかということだったのだと思います。

有名経営者も円高を予想していた

私が円高に戻ると信じていた理由には、他人の為替予想もありました。

ニトリの経営者である似鳥昭雄氏が円高を予想していたことを知り、自分の考えは間違っていないのではないかと思いました。

実際、似鳥氏が2024年に円高方向の見通しを示していたことは報道されています。

しかし、有名な経営者であっても、将来の為替相場を正確に予測できるとは限りません。

それにもかかわらず、私はその予想に安心感を覚えていました。

この経験は、心理学の「確証バイアス」と関連する可能性があります。

確証バイアスとは、自分の考えを支持する情報を重視し、反対する情報を十分に検討しにくくなる傾向です。

私は円高に戻ると考えていました。

そこに有名な経営者の円高予想が加わったことで、自分の考えへの自信が強まった可能性があります。

本来であれば、円高になる理由だけでなく、円安が続く可能性も検討する必要がありました。

自分と同じ予想をしている人がいることと、その予想が正しいことは別なのです。

強制ロスカットされたとき、絶望と安心が同時にあった

その後も円安は進み、ついに証拠金が足りなくなりました。

そして、強制ロスカットされました。

取引画面の数字がゼロになったとき、私は「終わった」と思いました。

それまでに得ていた約1,000万円の利益が吹き飛んでしまったのです。

しかし、そのときに感じたのは、絶望感だけではありませんでした。

不思議なことに、ストレスから解放された気持ちもありました。

私はそれまで、ずっと取引画面を見ていました。

円安が進めば損失が増える。

円高になれば少し安心する。

しかし、相場は自分の思い通りには動きません。

日々の為替変動に感情を左右され続けることは、大きなストレスになっていました。

強制ロスカットされたことで、お金は失いました。

しかし、それと同時に、もう相場を見続ける必要もなくなりました。

損切りできずに抱え続けていた精神的な負担が、取引の終了とともになくなったのです。

この経験から、私は一つのことを考えるようになりました。

損失を確定させないために取引を続けることが、必ずしも自分を守ることにはならないのではないか。

損失を避けようとして、かえってお金だけでなく、時間や心の余裕まで失ってしまうことがあるのだと思いました。

なぜ今では、1,000万円の損失を後悔していないのか

あれから時間が経ち、今ではFXの失敗を思い出すこともほとんどありません。

今回の記事を書くために、久しぶりに当時のことを振り返ったほどです。

今は特に後悔もありません。

もちろん、失ったお金が少なかったわけではありませんし、あの経験が必要だったとも思いません。

ただ、過去の取引について何度も考えても、お金が戻ってくるわけではありません。

現在の生活や仕事の方が大切です。

今振り返ると、強制ロスカットされた瞬間よりも、いつ終わるか分からない損失を抱えながら相場を見続けていた期間の方が、精神的な負担が大きかったのかもしれません。

損失が確定することを恐れていたのに、実際に取引が終わると、時間の経過とともに気持ちも整理されていきました。

ただし、これは私自身の経験です。

大きな損失による心理的な影響は人によって異なり、長期間苦しむ人もいるでしょう。

FXをやめて、自分の事業に投資するようになった

もし、FXで取引していた当時の自分に戻れるとしたら、何を伝えるでしょうか。

損失が何%になったら損切りするべきだと伝えるでしょうか。

それとも、必ず逆指値注文を入れるように伝えるでしょうか。

私の答えは、もっと単純です。

そもそもFXをしないことです。

これは、FXをする人が全員間違っているという意味ではありません。

私自身の性格や経験を考えたとき、為替相場を予想して利益を狙うことが、自分に合っていなかったということです。

為替相場は、私がどれだけ努力しても、自分の力で直接動かすことはできません。

そこで、私は自分で改善できる部分が多い事業に投資したいと考えるようになりました。

実際に、養鶏やお菓子工房などの事業を始めています。

養鶏なら、飼育方法や販売方法、設備など、自分で考えて改善できることがあります。

お菓子工房なら、レシピや製造方法、商品の品質、販売方法を改善できます。

もちろん、実業であっても売上や市場環境を完全にコントロールできるわけではありません。

努力したからといって、必ず成功する保証もありません。

それでも、自分の判断と行動によって改善できる部分があることを、私は重視しています。

なお、FXでの失敗が事業の撤退判断に直接役立ったと感じる経験は、今のところありません。

しかし、現在の投資方針として、自分でコントロールできる部分が多い事業にお金を使いたいという考えは明確になっています。

投資で毎日の結果を追いかけすぎないこと

FXで取引していた頃は、為替レートが常に気になっていました。

画面を見れば、自分のお金が増えたり減ったりしています。

その数字を見続けていると、気持ちまで相場に左右されてしまいます。

今、私が資産運用について大切だと考えているのは、毎日の成果を追いかけすぎないことです。

資産形成には長い時間がかかります。

日々の価格変動に一喜一憂するのではなく、長い目で考えたいと思っています。

ただし、長期投資をすれば必ず利益が出るわけではありません。

また、損失が出ている資産を何も考えずに持ち続けることが、正しい長期投資というわけでもありません。

長期の資産運用と、レバレッジをかけたFXで損失を抱えたまま耐えることは、区別して考える必要があります。

投資する目的や期間、許容できる損失、商品のリスクを理解したうえで、自分に合った方法を選ぶことが大切だと思います。

損切りできない心理から学んだこと

今回のFX経験を振り返って、損切りが難しくなる理由をいくつか考えることができました。

まず、過去の価格を基準にして、相場が元に戻ると期待してしまうこと。

次に、損失を確定させることへの抵抗です。

そして、自分の予想を支持する情報を重視し、予想が間違っている可能性を十分に考えられなくなること。

こうした心理が重なると、損失が大きくなっているにもかかわらず、取引を続けてしまうことがあります。

対策として考えられるのは、取引を始める前に、許容できる損失額や撤退条件を決めておくことです。

判断を感情に任せず、リスクを事前に把握しておくことには意味があります。

しかし、私自身は、そうしたルールを設定してまでFXを再開したいとは思っていません。

一度大きな損失を経験し、日々の為替変動を見続けるストレスも味わったからです。

自分に合わない投資方法から離れることも、一つの判断だと考えています。

まとめ:損失を認めたくない心理が、さらに大きな損失を生むことがある

私は1ドル115円で円高を予想してFXのポジションを持ちました。

しかし、予想とは反対に歴史的な円安が進みました。

「そろそろ円高に戻るはずだ」

「今決済したら損失が確定してしまう」

そう考えて損切りできず、50万円を4回追加しました。

それでも円安は止まらず、最後は強制ロスカットされました。

それまでに得ていた約1,000万円の利益が吹き飛びました。

画面の数字がゼロになったときには、すべてが終わったと感じました。

しかし同時に、相場を見続けるストレスから解放された気持ちもありました。

今ではFXで失った利益について、特に後悔していません。

それよりも、自分で改善できることの多い仕事に時間とお金を使いたいと思っています。

養鶏やお菓子工房など、自分が主体的に取り組める事業を育てることの方が、私には合っていると感じています。

そして資産運用についても、毎日の結果を追いかけすぎず、長い目で考えたいと思っています。

FXそのものが必ずしもギャンブルと同じというわけではありません。

しかし、私のようにレバレッジをかけ、損失を確定できず、相場が戻ることを期待し続ける取引は、ギャンブルに近い危険な行動になってしまうことがあります。

損失を認めたくないから取引を続けることと、将来利益が出る合理的な見通しがあるから取引を続けることは違います。

今振り返ると、私はその違いを十分に考えられていませんでした。

損切りとは、単にお金を失う判断ではなく、それ以上の損失やストレスを防ぐための判断になる場合もあるのだと思います。


参考文献・資料

  1. Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk. Econometrica, 47(2), 263–291.
    Client Challenge
  2. Shefrin, H., & Statman, M. (1985). The Disposition to Sell Winners Too Early and Ride Losers Too Long: Theory and Evidence. The Journal of Finance, 40(3), 777–790.
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※本記事は筆者自身の取引経験と心理学・行動経済学の研究をもとにした考察です。特定の金融商品の売買や投資方法を推奨するものではありません。

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