何年も前の出来事なのに、突然思い出して胸が苦しくなる。
普段は忘れて過ごしていても、昔よく聴いていた音楽や、誰かと一緒に訪れた場所がきっかけとなって、当時の記憶がよみがえることがあります。
私自身、過去の失恋について、そうした経験があります。
相手が好きだった音楽を聴いたり、一緒に行った場所を思い出したりすると、当時の記憶だけでなく、相手を好きだった気持ちまでよみがえってくるのです。
もう戻れない過去への寂しさと、今でも残っている相手への気持ち。
その両方が重なり、胸が苦しくなることがあります。
特に精神的に疲れている日や、夜になっても眠れないときには、過去の出来事を繰り返し考えてしまうことがあります。
なぜ、人は終わった出来事を何度も思い出してしまうのでしょうか。
そして、つらい記憶とは、どのように付き合っていけばよいのでしょうか。
今回は、自分自身の経験と心理学の研究をもとに考えてみたいと思います。
なぜ音楽や場所によって、昔の記憶が突然よみがえるのか
人間の記憶は、過去の出来事を独立して保存しているわけではありません。
そのときに聴いていた音楽や、目にしていた風景、一緒にいた人など、さまざまな情報と結びついています。
こうした情報が、記憶を思い出す手がかりになることがあります。
心理学では、自分自身が経験した出来事に関する記憶を「自伝的記憶」と呼びます。
例えば、学生時代によく聴いていた曲が流れると、当時の学校生活や友達との出来事を思い出すことがあります。
同じように、過去の恋人が好きだった音楽を耳にすると、その人と過ごした時間を突然思い出すことがあります。
音楽と自伝的記憶の関係については、心理学でも研究されています。
2007年に発表されたJanataらの研究では、音楽によって個人的な思い出が呼び起こされる現象が調べられました。
研究では、提示された楽曲のおよそ30%が自伝的記憶を呼び起こし、音楽によって強い感情が生じることも確認されました。
つまり、音楽は単に昔の出来事を思い出させるだけでなく、その記憶に関係する感情を呼び起こす手がかりにもなり得るのです。
私自身の経験を振り返っても、思い出すのは単に過去の出来事だけではありません。
相手が好きだった音楽を聴くと、一緒に過ごした時間や、当時どれほど相手のことが好きだったかという気持ちまで思い出します。
楽しかった記憶であるはずなのに、現在はその関係が続いていないため、寂しさや悲しさが生まれることもあります。
同じ記憶でも、思い出したときの状況によって、感じることは違うのだと思います。
楽しかった思い出なのに、なぜ胸が苦しくなるのか
失恋を思い出すとき、必ずしも別れたときの悲しい場面だけを思い出すわけではありません。
むしろ、楽しかった出来事や、相手を好きだった気持ちがよみがえることがあります。
しかし、その記憶が幸せなものであればあるほど、もう同じ時間には戻れないという寂しさを感じる場合があります。
私自身も、過去の失恋について考えるとき、二つの感情があります。
一つは、もう戻れない過去への寂しさ。
もう一つは、相手への好きだった気持ちが、今でも残っていることです。
楽しかったことを思い出して懐かしくなる一方で、もう一度会いたいという気持ちが生まれることもあります。
こうした感情は、どちらか一方だけではありません。
懐かしさ、愛情、悲しさ、後悔など、複数の気持ちが同時に生まれることがあります。
そのため、過去の出来事を思い出したときに、自分でも気持ちを整理することが難しくなるのかもしれません。
「あのとき違う行動をしていれば」と何度も考えてしまう心理
私が過去の失恋について考えるとき、何度も思い浮かぶことがあります。
「あのとき、別の行動をしていれば、今も一緒にいられたのではないか」
という考えです。
自分がもっと違う言葉をかけていれば。
別の判断をしていれば。
もしかすると、結果は変わっていたかもしれない。
そう考えることがあります。
しかし一方で、自分だけではどうにもできなかった事情もあり、納得できない気持ちも残っています。
自分の行動への後悔と、自分では変えられなかった出来事への思い。
この両方があるため、過去を簡単に整理することができないのだと感じています。
心理学でいう「反実仮想」とは
心理学では、実際には起こらなかった別の可能性を想像することを「反実仮想(Counterfactual Thinking)」と呼びます。
例えば、試験に不合格だったときに「あの日もっと勉強していれば合格できたかもしれない」と考えることです。
2016年に発表された心理学者Ruth Byrneのレビュー論文では、反実仮想が過去の出来事の理解や、将来の意思決定、後悔などの感情と関係することが論じられています。
反実仮想には、過去の経験から学び、次の行動を改善する働きがあります。
しかし、すでに変えられない出来事について繰り返し考えると、後悔が長引くこともあります。
私自身、過去を何度も振り返りますが、どれだけ考えても、当時の出来事を変えることはできません。
また、「別の行動をしていれば必ず違う結果になっていた」と証明することもできません。
過去の別の可能性は、あくまで想像の中にあるものだからです。
それでも考えてしまうところに、人間の心の難しさがあるように思います。
精神的に疲れている日に、過去の記憶がつらくなるのはなぜか
私の場合、過去の失恋を思い出すつらさは、いつも同じではありません。
普段は仕事や日常生活を送れていますが、精神的に疲れている日には、昔の出来事が頭から離れなくなることがあります。
特に眠れない夜は、何度も同じことを考えてしまうことがあります。
心理学には「反すう思考」という概念があります。
反すう思考とは、つらい感情やその原因、結果などについて、繰り返し考え続けることです。
過去の出来事を思い出すこと自体が、すべて反すう思考というわけではありません。
しかし、同じ後悔を繰り返し考え、気持ちがなかなか切り替わらない場合には、反すう思考の特徴と重なる部分があります。
私自身の経験でも、考えれば答えが出るというわけではありません。
「あのとき、どうすればよかったのだろう」と考えても、結局は同じところに戻ってしまうことがあります。
過去を振り返って学ぶことと、変えられない過去について考え続けることは、分けて考える必要があるのかもしれません。
過去のつらい記憶を思い出したときの対処法
では、過去の記憶が突然よみがえり、つらくなったときには、どうすればよいのでしょうか。
ここからは、私が実際にしていることと、心理学や公的機関の情報をもとに考えられる対処法を紹介します。
1.散歩や運動で気持ちを切り替える
私がつらい記憶を思い出したときにしているのは、散歩や筋トレです。
体を動かしている間は、過去の出来事から少し意識を離すことができます。
特に、どうしても眠れない夜などは、散歩をすると落ち着くことがあります。
もちろん、散歩をすればすべて解決するわけではありません。
家に帰って一人で過ごしていると、再び同じ記憶を思い出すこともあります。
それでも、つらい気持ちが強いときに、一度気持ちを切り替える方法として役立っています。
世界保健機関(WHO)も、身体活動が心身の健康にさまざまな利益をもたらし、不安や抑うつの症状を軽減することに役立つと説明しています。
ただし、運動は失恋の記憶そのものを消す方法ではありません。
私にとっては、過去の出来事を解決するためというより、今のつらい気持ちを少し落ち着かせる方法なのだと思います。
2.つらい記憶が浮かんだら、現在の感覚に意識を戻す
つらい記憶に強くとらわれているときには、現在の自分がいる場所や、周囲の感覚に意識を向ける方法もあります。
これは「グラウンディング」と呼ばれる方法の一つです。
例えば、周囲を見渡して、目に入るものを確認します。
足が床についている感覚や、手で触れているものの感触に意識を向けます。
NHS(英国の公的医療サービス)では、見えるものを5つ、感じられるものを4つ、聞こえる音を3つ、匂いを2つ、味を1つ探す「5・4・3・2・1」という方法も紹介されています。
これは、過去の記憶や不安でいっぱいになった注意を、現在の環境へ戻すための方法です。
誰にでも必ず効果があるわけではありませんが、感情が強くなったときに試せる選択肢の一つです。
3.無理に過去を良い思い出に変えようとしない
私は、過去の失恋について、今でも「あんな出来事は起きてほしくなかった」と感じています。
もしかすると、将来もっと好きになれる人に出会い、新しい幸せを感じられるようになったときには、過去の出来事についても違った見方ができるのかもしれません。
しかし、今はそう考えることができません。
だからといって、無理に前向きに捉える必要はないと思っています。
つらい経験をしたときに、「あの経験があったから成長できた」と考えられる人もいるでしょう。
しかし、すべての出来事に前向きな意味を見つけなければならないわけではありません。
私が今、目指したいと思っているのは、過去の出来事を忘れることではありません。
過去は変えられないと理解し、少しずつ気持ちを整理することです。
過去を受け入れることは、その出来事が起きてよかったと思うこととは違うのだと思います。
あんな出来事は起きてほしくなかった。
そう思いながらも、今の自分の人生を大切にしていくことはできるはずです。
4.一人でつらいときに話せる友達を大切にする
そして、私が特に大切だと感じていることがあります。
それは、一人でしんどいときに話せる友達の存在です。
過去のつらい出来事を思い出したとき、必ずしも自分一人で答えを出せるわけではありません。
考えても考えても、同じところを行ったり来たりすることがあります。
そんなときに、自分の話を聞いてくれる人がいることは大切だと思います。
何か特別なアドバイスをしてもらう必要はないのかもしれません。
ただ話を聞いてもらうことで、自分の気持ちに気づいたり、一人ではないと感じたりできることもあります。
心理学でも、周囲からの支援である「ソーシャルサポート」とストレスの関係は研究されています。
1985年にCohenとWillsが発表したレビュー論文では、社会的な支援がストレスによる悪影響を和らげる可能性について論じられています。
ただし、誰かに話せば必ず過去のつらさが消えるわけではありません。
人によっては、話す相手やタイミングを選ぶことも大切でしょう。
私自身、過去の出来事について、まだ完全に気持ちの整理ができたわけではありません。
それでも、一人で苦しいときに話せる友達は必要だと思っています。
そして、そういう存在を大切にしていきたいです。
つらい失恋の記憶とPTSDは同じなのか
ここで、一つ区別しておきたいことがあります。
日常会話では、過去のつらい出来事を「トラウマ」と表現することがあります。
しかし、医学的な意味でのトラウマや、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と、失恋による悲しみや後悔は必ずしも同じではありません。
PTSDでは、生命の危険や深刻な暴力などの外傷的出来事への曝露に関連して、侵入的な記憶、回避、気分や認知の変化、過覚醒などが生じることがあります。
失恋を何度も思い出したり、悲しくなったりすることだけで、PTSDと判断できるわけではありません。
一方で、失恋や人間関係の問題であっても、強い苦痛が続き、眠れない状態や日常生活への支障が生じる場合には、専門家に相談することが大切です。
また、胸の痛みが強い場合や、息苦しさなどの身体症状がある場合には、心理的なものだと決めつけず、医療機関で確認する必要があります。
この記事で紹介した方法は、つらい記憶への一般的な対処の選択肢であり、PTSDなどの診断や治療に代わるものではありません。
過去を忘れなくても、これからの人生を大切にできる
私は、過去の失恋を今でも思い出すことがあります。
相手が好きだった音楽を聴いたり、一緒に訪れた場所を思い浮かべたりすると、当時の気持ちがよみがえってきます。
「あのとき、別の行動をしていれば」という後悔もあります。
自分ではどうにもできなかった事情について、納得できない気持ちもあります。
今のところ、その出来事を前向きに捉えることはできません。
それでも、これからの人生まで過去の出来事にとらわれ続けたいわけではありません。
私が求めているのは、過去をなかったことにすることではなく、起きてしまったことを少しずつ受け入れ、自分の気持ちを整理していくことです。
そのために、つらいときは散歩をしたり、筋トレをしたりして気持ちを切り替えています。
そして、一人で苦しいときに話せる友達を大切にしたいと思っています。
過去を忘れることが、必ずしも前に進むことではないのかもしれません。
思い出すことがあっても、今の自分の生活や、大切な人との時間を少しずつ増やしていくこと。
それが、私なりに考える過去との向き合い方です。
まとめ
過去のつらい記憶は、音楽や場所などの手がかりによって突然よみがえることがあります。
そして、記憶と一緒に当時の感情まで思い出すことがあります。
「あのとき違う行動をしていれば」という反実仮想は、過去の経験から学ぶことに役立つ場合もありますが、変えられない出来事を繰り返し考えることで、後悔が長引くこともあります。
そんなときには、散歩や運動で気持ちを切り替えたり、現在の感覚に意識を向けたり、信頼できる人に話したりする方法があります。
ただし、すぐに気持ちを整理できるとは限りません。
私自身も、まだ過去の出来事を前向きに捉えられているわけではありません。
それでも、一つだけ大切にしたいことがあります。
つらいときに話せる友達がいること。そして、その存在を大切にすることです。
無理に忘れようとしなくてもいい。
無理に良い思い出に変えなくてもいい。
過去は変えられなくても、これからの時間をどう過ごすかは、少しずつ選んでいけるのだと思います。
参考文献・資料
- Janata, P., Tomic, S. T., & Rakowski, S. K. (2007). Characterization of music-evoked autobiographical memories. Memory.
Just a moment... - Kaiser, A. P., & Berntsen, D. (2023). The cognitive characteristics of music-evoked autobiographical memories: Evidence from a systematic review of clinical investigations. WIREs Cognitive Science.
Just a moment... - Byrne, R. M. J. (2016). Counterfactual Thought. Annual Review of Psychology.
Just a moment... - Cohen, S., & Wills, T. A. (1985). Stress, Social Support, and the Buffering Hypothesis. Psychological Bulletin.
APA PsycNet - 世界保健機関(WHO)「Physical activity」
Physical activityInsufficient physical activity is a key risk factor for noncommunicable diseases (NCDs) such as cardiovascular diseases,... - NHS inform「Grounding exercises」
Grounding exercises | NHS informGuidance on doing grounding exercises to help with anxiety, stress or feeling overwhelmed - American Psychological Association「PTSD: For Patients and Families」
https://www.apa.org/ptsd-guideline/patients-and-families/index
※本記事は筆者個人の経験と心理学研究をもとにした考察であり、医学的な診断や治療を目的としたものではありません。


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