仕事が順調なのに幸せを感じられないのはなぜ?10年以上の経営経験から考える、お金と心の余裕の心理学

仕事の心理学

仕事がうまくいけば収入が増える。収入が増えれば生活に余裕が生まれ、幸せになれる。

以前の私は、そんなふうに考えていました。

しかし、10年以上事業を経営してきた今、仕事の成功と幸福は必ずしも一致しないと感じています。

事業が成長するとスタッフが増え、仕事を任せられるようになります。一方で、お客様からのクレームやスタッフのミスなど、対応しなければならない問題も増えていきます。

休日でも電話が鳴り、夜でもLINEで仕事の連絡が届く。そのたびに頭の中で仕事のスイッチが入り、休んでいる感覚がなくなってしまうのです。

私は高価なものにあまり興味がなく、お金をたくさん使う生活を望んでいるわけではありません。

それなのに、なぜ新しい仕事に挑戦し、収入を増やそうとするのでしょうか。

今回は、自分自身の経験を振り返りながら、仕事の成功と幸福が一致しない理由を心理学の研究も交えて考えてみたいと思います。

事業が成長すると、収入だけでなく責任も増えていく

事業を始めた頃は、売上が増えることが純粋にうれしいものでした。

仕事が増えればスタッフを雇い、自分がしていた仕事を任せることができます。

一人ですべてをこなすよりも、多くの仕事ができるようになります。

しかし、実際にスタッフが増えると、仕事を任せられるようになる一方で、新しい問題も生まれます。

スタッフがミスをすれば、その対応が必要になります。お客様からクレームが入れば、経営者として対応しなければならないこともあります。

自分が直接作業をしていなくても、最終的な責任は残ります。

私が特にストレスを感じるのは、こうした予想していなかったトラブルへの対応です。

予定していた仕事とは別に問題が発生すると、その対応のために時間を使わなければなりません。

事業が成長して収入が増えても、それと同じように自分の自由な時間が増えるとは限らないのです。

もちろん、スタッフを雇うことには大きなメリットがあります。

ただ、仕事を任せることと、責任から解放されることは別なのだと感じています。

休日の電話一本で、仕事のスイッチが入ってしまう

私にとって特に負担が大きいのが、休日や夜間の仕事の連絡です。

土日であっても、朝晩であっても、仕事の電話が鳴ることがあります。

お客様からのクレーム対応が必要になることもあります。

電話での対応が数分で終わったとしても、それで完全に元の状態に戻れるわけではありません。

電話が鳴った瞬間に、頭の中で仕事のスイッチが入るからです。

それまで仕事のことを考えずに過ごしていたとしても、連絡が入れば仕事の問題について考え始めます。

電話が終わった後も、対応した内容や今後のことが気になる場合があります。

これは電話に限った話ではありません。

スマートフォンが普及した現在では、休日であってもLINEやメールで仕事の連絡を受け取ることができます。

便利になった一方で、仕事と私生活の境界を保つことは難しくなっているように感じます。

例えば、休日に家族や恋人と過ごしていても、仕事の連絡が一件入れば、それまでとは気持ちが変わってしまうことがあります。

私自身が負担に感じているのも、連絡に対応する時間だけではありません。

仕事をしていない時間にも、仕事から完全に解放されていないと感じることです。

心理学でいう「心理的離脱」とは

この経験を考えるうえで参考になるのが、心理学の「心理的離脱(Psychological Detachment)」という概念です。

心理的離脱とは、仕事をしていない時間に、仕事に関する活動や考えから精神的に離れることを指します。

例えば、休日に仕事をしていなくても、翌日の予定や未解決の問題についてずっと考えていたとしたら、心理的には仕事から十分に離れていない状態といえます。

2017年に発表されたWendscheとLohmann-Haislahのメタ分析では、86の文献に含まれる計38,124人の労働者のデータが分析されました。

その結果、仕事から心理的に離れられることは、疲労感の少なさ、生活満足度の高さ、睡眠の良さなどと関連していました。

ただし、この研究は主に関連性を示したもので、仕事のことを考えないようにすれば必ず健康状態が改善すると証明したものではありません。

それでも、休息について考えるうえで重要な示唆があります。

仕事をしていないことと、仕事から精神的に離れられていることは違うということです。

私が休日の電話やLINEを負担に感じるのも、まさにこの部分だと思います。

実際に働いている時間だけでなく、仕事の問題が頭に浮かぶことで、休息している感覚が失われてしまうのです。

参考研究:Wendsche & Lohmann-Haislah(2017)『A Meta-Analysis on Antecedents and Outcomes of Detachment from Work』

Frontiers | A Meta-Analysis on Antecedents and Outcomes of Detachment from Work
Detachment from work has been proposed as an important nonwork experience helping employees to recover from work demands...

なぜ十分な収入があっても、働き続けてしまうのか

私は高価なものにそれほど興味がありません。

収入が増えたからといって、高級なものを次々に購入したいわけでもありません。

もちろん、お金は大切です。

生活に困らないことや、将来のための蓄えがあることは安心感につながります。

しかし、ある程度の収入が得られるようになると、さらに収入を増やすことが本当に必要なのかと考えるようになりました。

それでも、私は新しい仕事に挑戦し続けています。

その理由は、もっと贅沢な生活がしたいからではありません。

将来、世の中が突然変わったときにも対応できるようにしておきたいからです。

リーマン・ショックや新型コロナウイルスの流行では、それまで当たり前だった経済活動が大きく変化しました。

現在うまくいっている事業が、これから先も同じように続く保証はありません。

社会の仕組みや消費者の行動が変われば、今の仕事が影響を受ける可能性もあります。

だからこそ、一つの事業だけに依存せず、新しい収入源を作り、変化に対応できる状態を維持したいと考えています。

ただ、ここで一つの矛盾が生まれます。

将来の安心を得るために新しい仕事を増やしているのに、その結果として現在の責任やストレスが増えてしまうのです。

将来の不安を減らすために働いているはずなのに、今は安心して休むことが難しくなっている。

この矛盾について、最近よく考えるようになりました。

休むためにスタッフを増やすと、別の不安が生まれる

安心して休むためには、自分がいなくても仕事が回る仕組みが必要です。

そのためには、スタッフに仕事を任せたり、管理体制を整えたりすることが考えられます。

私自身も、休日や夜間に仕事の連絡が来なくても済む仕組みを作りたいと思っています。

しかし、ここにも難しい問題があります。

スタッフを増やせば、人件費が増えます。

事業が順調なときには問題がなくても、売上が落ち込んだときに、そのスタッフを雇用し続けられるのだろうかという不安があります。

働く人には生活があり、雇用する側にも責任があります。

自分が安心して休めるようにするためにスタッフを増やしたのに、今度はスタッフの雇用を維持できるのかという新しい心配が生まれるのです。

もちろん、人を雇うことが間違っているわけではありません。

ただ、スタッフを増やせば自動的に心の余裕が生まれるほど、事業経営は単純ではないと感じます。

私が求めているのは、スタッフの人数を増やすことそのものではありません。

売上が多少変動しても無理なく維持でき、自分自身も安心して休める仕組みです。

疲れているときほど、休めなくなる「回復のパラドックス」

仕事と休息の関係について、もう一つ興味深い心理学の研究があります。

心理学者のSabine Sonnentagが2018年に発表した論文では、「回復のパラドックス(Recovery Paradox)」という考え方が論じられています。

これは、仕事のストレスが大きいときほど回復が必要になるにもかかわらず、ストレスが大きいことで、かえって回復につながる行動や心理的な切り替えが難しくなるという現象です。

例えば、仕事で大きな問題が発生すると、疲れているにもかかわらず、その問題が頭から離れなくなることがあります。

本来であれば十分に休む必要があるのに、心配事があるため、仕事から精神的に離れることが難しくなるのです。

Sonnentagの論文では、心理的離脱や睡眠、身体活動などが回復と関連することや、仕事のストレスが強いとこれらの回復過程が妨げられやすいことが論じられています。

私は、この研究を知って、自分の生活について考えました。

仕事だけでなく、動物の世話も長年続けています。

動物の世話は、休日だからといって簡単に休めるものではありません。

食事や健康管理など、毎日必要なことがあります。

私はこうした生活を10年ほど続けており、ほとんど休みが取れていません。

もちろん、動物のために活動することは、自分が望んでしていることです。

それでも、仕事と動物の世話の両方で責任を抱え続けていると、何も心配せずに休める時間がなかなかありません。

休みたいと思う一方で、休むための環境を整えること自体にも時間や責任が必要です。

これも、私が今感じている難しさの一つです。

なお、回復のパラドックスは主に仕事のストレスに関する研究です。動物の世話など、あらゆる責任に同じ結果が当てはまると断定できるわけではありません。

参考研究:Sonnentag(2018)『The recovery paradox: Portraying the complex interplay between job stressors, lack of recovery, and poor well-being』

Redirecting

もし20年間収入が保証されたら、私は仕事をやめるのか

ここで、一つの仮定を考えてみました。

もし今後20年間、現在の収入と生活が保証されるとしたら、自分は仕事をすべてやめるのでしょうか。

私の答えは、いいえ、です。

動物のためになる仕事は、これからも続けたいと思っています。

つまり、私は働くこと自体が嫌になったわけではありません。

自分がやりたいと思える仕事には、これからも時間を使いたいのです。

一方で、仕事や動物の世話から離れて、自分の疲れを癒す時間も欲しいと思っています。

体のメンテナンスをしたり、好きな人と一緒に過ごしたりする時間も増やしたいです。

そう考えると、私が求めているのは単純に仕事を減らすことではないと気づきます。

自分の意思で、仕事をする時間と休む時間を選べる生活です。

自己決定理論から考える「自分で選べること」の大切さ

心理学には「自己決定理論(Self-Determination Theory)」という理論があります。

この理論では、人間の基本的な心理的欲求として、次の3つが重視されています。

  • 自律性:自分の意思で行動を選んでいると感じられること
  • 有能感:自分の能力を発揮できると感じられること
  • 関係性:他者とのつながりを感じられること

2017年にDeciらが発表したレビュー論文では、職場におけるこれらの心理的欲求と、仕事への動機づけやウェルビーイングとの関係が整理されています。

私自身の経験を、この理論と照らし合わせて考えてみます。

動物のためになる仕事を続けたいと思うのは、自分がそれを大切だと感じ、やりたいと思っているからです。

一方で、お客様からのクレームや予想していなかったトラブルへの対応は、経営者として必要だからしなければならない仕事です。

どちらも仕事や活動の一部ですが、自分の意思で選べていると感じる度合いには違いがあります。

もちろん、自己決定理論は、好きな仕事だけをすれば幸せになれると主張するものではありません。

社会生活には責任が伴いますし、やりたい仕事の中にも負担はあります。

それでも、自分が大切にしたいことを自分の意思で選べることは、働き方を考えるうえで重要だと感じています。

参考研究:Deci, Olafsen & Ryan(2017)『Self-Determination Theory in Work Organizations: The State of a Science』

Just a moment...

今の私にとって、収入よりも価値があるもの

もし今の売上や利益が多少減ったとしても、毎週2日間、仕事の電話やLINEを一切気にせず休める生活が実現するとしたら、私はその働き方を選びたいと思っています。

もちろん、将来への不安がなくなったわけではありません。

売上が落ち込む可能性もありますし、事業を続ける以上、責任が完全になくなることもないでしょう。

それでも、今の私にとって、安心して休める時間の価値は以前より大きくなっています。

仕事のために生活があるのではなく、生活のために仕事をしているはずです。

その生活の中には、健康を守る時間も、大切な人と一緒に過ごす時間も含まれています。

私が今後目指したいのは、収入を最大化することだけではありません。

多少収入が減ったとしても、無理なく事業を続けられ、何も心配せずに休める仕組みを作ることです。

10年前の自分に伝えたい2つのこと

もし10年前の自分にアドバイスできるとしたら、私は次の2つを伝えたいと思います。

1.責任を増やさずに収入を増やせる仕事を優先する

収入を増やすことは大切です。

ただし、そのためにどれだけの時間や責任が必要になるのかも考えなければなりません。

売上が大きくても、常に自分が対応しなければならない仕事では、自由な時間が減ってしまいます。

一方で、仕組みを整えたり、継続的に価値を生み出せるものを積み重ねたりすることで、管理負担を抑えながら収入を得られる可能性もあります。

もちろん、完全に責任のない事業はありません。

それでも、収入だけを見るのではなく、その収入を得るための時間や責任まで考えるべきだったと思います。

2.健康を第一に考える

もう一つ伝えたいのは、健康の大切さです。

収入が増えても、疲れがたまり、体調を崩してしまえば、やりたいことを楽しむ余裕がなくなります。

将来のために頑張ることは大切ですが、今の自分の体を大切にすることも同じくらい重要です。

そして、好きな人と一緒に過ごす時間も、後からお金で取り戻せるものではありません。

仕事で成果を出すことと、自分自身の健康や生活を守ること。

この両方を大切にするべきだったと思います。

まとめ:本当の成功は、安心して休める生活を手に入れることかもしれない

私はこれまで、将来の不安に備えるために新しい仕事に挑戦し、収入を増やそうとしてきました。

しかし、事業が成長するにつれて、スタッフの管理やお客様からのクレーム対応など、新しい責任も増えていきました。

休日や夜間に仕事の連絡が入れば、その瞬間に仕事のスイッチが入ります。

実際には仕事をしていない時間でも、十分に休息していると感じられないことがありました。

だからこそ、今は収入が多少減ったとしても、週に2日間、何も心配せずに休める生活を実現したいと思っています。

そのための仕組みを作ることは簡単ではありません。

スタッフを増やせば人件費が増え、売上が落ちたときに雇用を維持できるのかという不安も生まれます。

それでも、安心して仕事を任せられ、無理なく維持できる仕組みを少しずつ整えていきたいと思っています。

動物のためになる仕事は、これからも続けたい。

同時に、自分の健康を守り、好きな人と過ごす時間も大切にしたい。

その両方を実現するために、今も仕事を頑張っています。

以前の私は、もっと収入が増えれば安心できると考えていました。

しかし、今は少し考え方が変わりました。

将来のお金に困らないことと、今日を安心して過ごせることは、同じではないのです。

私にとっての本当の成功は、収入が増えることだけではありません。

自分が大切にしたいことに時間を使い、安心して休める生活を手に入れることなのだと思います。


参考文献

  1. Wendsche, J., & Lohmann-Haislah, A.(2017). A Meta-Analysis on Antecedents and Outcomes of Detachment from Work. Frontiers in Psychology, 7, 2072. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2016.02072
  2. Sonnentag, S.(2018). The recovery paradox: Portraying the complex interplay between job stressors, lack of recovery, and poor well-being. Research in Organizational Behavior, 38, 169–185. https://doi.org/10.1016/j.riob.2018.11.002
  3. Deci, E. L., Olafsen, A. H., & Ryan, R. M.(2017). Self-Determination Theory in Work Organizations: The State of a Science. Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior, 4, 19–43. https://doi.org/10.1146/annurev-orgpsych-032516-113108

※本記事は筆者個人の経営経験と心理学研究をもとにした考察です。研究対象となった労働者全員に筆者と同じ経験や心理が当てはまることを示すものではありません。

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